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経営者×プロフェッショナルの対談記事

Vol.1/4

税理士として目指すもの

税理士
北條伊織さん|税理士法人徳島

北條さんは徳島県で税理士法人徳島を経営されている敏腕税理士。20代で税理士試験に合格し、経営者と共に成長していく支援スタイルで現在は中小企業の黒字化支援に力を注いでいます。

税理士になろうとしたきっかけは?

三谷
今回は北條先生に、税理士の仕事や、
職業としての魅力、大変さといったものを教えてもらい、
税理士という職業のことを世に知ってもらえたらと思いますし、
われわれも勉強させていただきたいと思っています。
北條
よろしくお願いします。
三谷
まず先生の経歴を拝見しますと、
先生は高校卒業後に専門学校に入りすぐに税理士試験に合格されています。
僕らもそうですが、高校を卒業して、
何となく大学に進む人が多いと思うのですが、
先生は税理士になろうと思って専門学校を選んだわけですよね。
しかも一発で税理士試験に合格するというのは
すごいことだと思いますが、そもそも税理士になろうと思ったきっかけは
何だったんでしょうか?
北條
まず学生時代から話をすると、中学時代までは田舎の小さな学校で、
幼稚園からずっと一クラスのまま上の学年に上がっていったので、
同級生はみんなほとんど友達だし、あまり競争することがなかったんです。
さほど勉強しなくても、それなりにできていたので、
そんなに努力をしたことがなくて。
三谷
そうなんですね。
北條
高校は普通科に進んで、
350~360人くらいいる同級生のほとんど全員が
進学するような学校だったんですが、
僕は勉強をする習慣がなかったので、
高校1年の1学期で全然勉強についていけなくなったんですね。

それで夏休み前にはもう、ついていくのはやめようと思って、
それからは基本ずっと遊んでいたんです。

それで3年になったら、同級生はほとんど大学を受験するんですが、
ぼくはセンター試験を受けさせてもくれなかったし、
また受けられる成績でもなかったので、
まあいいかなと思って、いつも遊んでいた仲間と
「とりあえず大阪へ行こう!」となり
専門学校のパンフレットを取り寄せました。

みんなで手分けして取り寄せたら
1メートルくらい積み上がりましたね。
そのパンフレットの中に、
『税理士になって独立すれば年収1500万円から2000万円、自由にやって高所得』
みたいな謳い文句が書いてあったんですね。

「あっ、これだ!これにしよう!」と思って。

三谷
これしかないと思ったんですね。
北條
これしかない、ここに行きます!
みたいな感じで決めました。

三谷
仲間の方たちも税理士を選んだんですか?
それとも、みんなバラバラだったんですか?
北條
音楽系やスポーツ系に行った友達はいましたけど、
ほとんどみんな専門学校に行きましたね。
1人だけ僕と同じ学校を選んだ人がいました。
三谷
とりあえずみんなで大阪に出るために選んだのが、
たまたま税理士の専門学校だったわけですね。
税理士になるには試験も難しいし、
勉強するのも大変じゃないですか。
高校の時のように、もういいや、となってもおかしくなかったと思いますが・・・。
北條
専門学校なので入試はなくて、
入学金さえ払えば誰でも入れたんです。
ただ僕が選んだ専門学校は結構真面目な学校で、
体育祭もあるし、歩行喫煙してたら超怒られるし、
きちんとした社会人になれるように
厳しく教えるところだったんですね。
入学するときも、僕の高校時代の出席日数があまりにも少ないので、
面接でそのことを指摘されて「絶対に税理士になります」とか
適当なことを言って入りました(笑)
入学して初めて簿記を習って、
簿記って絶対に答えが出るし数字をぴったりと合わせられるので、
ゲーム感覚ですごく面白かったんですよ。
クラスで成績上位者が発表されると
僕はいつも1番になるのでそれが楽しくて。
トップを取ることを常に楽しみながら勉強していた感じです。
三谷
きっと、もともと勉強はすごくできるのだけど、
やらなかっただけだったんでしょうね。
北條
たぶん要領はいいというか、
数字合わせとか、そういう世界がすごく合っていたんでしょうね。
何しろ高校時代に一番嫌いだったのは古文と漢文で、
「勉強して、何の意味があるんだろう?」と思ってましたから。
三谷
では、専門学校で勉強している間に税理士試験に受かって、
それから税理士という仕事でやっていこうと思い始めたんですね。
北條
その当時はまだ、職業という意識はまったくなかったですね。
税理士がどういう仕事をするのか全然知らないし。
とりあえずは資格を取ることを目指していました。
三谷
税理士というのは、税務署を定年退職して
そのままなるパターンと、試験に合格してなるパターンがありますが、
試験を受けて税理士になる人の割合は
どれくらいでしょうか?
北條
徳島では、昔は圧倒的に税務署OBが多かったですね。
でも今は、OBはあまり税理士になりません。
市場的にそんなに楽じゃないし、リスクが大きいし、
退職金をもらった方がラクという感じですね。
だから定年退職後に税理士として登録はしても、
そんなに仕事はしていないみたいです。
逆に、税務署を定年退職する前に、
40歳くらいで税理士になった方は、がっつりと仕事を
している方もいらっしゃいます。
今はたぶん、試験組の方が少し多いですね。
三谷
先生はその当時、絶対に一発で試験に
受かろうと思って勉強していたんですね。
税理士になるとかではなく、とりあえず資格を取ってから
考えようという感じだったんですか?
北條
そうです。
結果的に一発ストレートで受かりましたが、
とりあえずは試験に受かることが目標でした。
それまで自分には何もなくて、
高校3年の時の担任に「お前は絶対に無理だ」とか
散々言われていたので、それを見返したかったし、
親に対しても、高校を停学になったり、
何回も学校に呼び出されたりして、すごく迷惑をかけたので。
税理士試験に合格すれば、
親に恩返しできるという思いがちょっとありましたね。
三谷
世に言う、ちょっと悪い子というか、
不良じみていた感じですね。
北條
そうですね~。
バイクで走り回ったりとか、警察沙汰になって
どうこうっていうのはないですけど、
基本的に学校に行かずフラフラしていて、
友達と遊んだりマージャンしたり、好き勝手にやっていました。
三谷
そこからちゃんと専門学校に行って、
一発で税理士試験に受かる
というのはすごいですね!

北條
基本的には、あまり人に縛られたり、
型にはめられたりするのは苦手ですね。
でも、専門学校時代はすごく楽しかったです。
三谷
試験に合格した後は、税理士として
就職しようと思って職場を探したんですか?
北條
そうです。
別の仕事をするという意識はまったくなかったです。
税理士がどんな仕事か分からないし、
税理士との接点は全くなかったんですが、
親戚の人にたまたま職場を紹介していただいて。
三谷
では、徳島に戻ってきたのは、本当にたまたまだったんですね。
北條
いえ、徳島には戻ろうと思っていました。
それで税理士試験を受けたその日に、学校を辞めました。
絶対に受かると思ったので。
三谷
それはすごいですね!
北條
専門学校で常にトップだったので、
そのまま力を出せたら受かるだろうな
という変な自信がありました。
実際に受けてみたら手応えがあって、
まあ受かっているなと感じたので。
三谷
ちなみに、専門学校に行っていた当時は
メチャクチャ勉強していたんですか?
学校に行くために仲間と大阪に出てきても、
普通はそこで遊びたくなるじゃないですか。
それなのに試験に一発で受かるということは、
かなり勉強していたと思うんですが・・・。
北條
幸せな話ですが、当時、家賃と生活費を
一応親が全部出してくれていたので、
バイトはしていなかったんです。
平日はちゃんと朝から学校に行って、
夕方頃に終ったら、寮に帰って勉強してました。
ただし土曜日だけは完全に遊んでいましたね。

税理士という仕事とは

三谷
就職してから税理士という仕事が
どういうものかが分かってきたと思うんですが、
税理士のクライアントとはどんな人で、どのような仕事をするんですか?
北條
大きく分けると、まず事業をされている人は、
事業で出た利益に対して課税されますので、
自ら所得を計算して税額を確定させる申告納税方式で納めます。

それが義務であると同時に権利でもありますが、
一般的に、ご自身で全部やるのは難しいので、
僕らがそれを代理でやります。
もう一つは、今、うちの事務所でも柱になってきてますが、
相続や財産の移転によって得た経済的利益についても
申告納税方式なので、そういった方もクライアントになります。

つまり、事業をなさっている方、
そして財産を多く所有なさっている方からの依頼に基づいて、
代理で税を申告するというのが基本的な税理士業務です。

三谷
つまり、会社経営者や個人事業主を含め
商売をしている人と、もともと資産がある人の利益を、
税務上から一番有利になるように守っていくということですね。
北條
はい。その通りです。
三谷
実際に税理士の仕事をやっていく上で、
何か心情の変化みたいなものはありましたか?

北條
税理士になった当初は、税理士資格を持って
会計事務所に入ったとしても、何もできないですよね。
当たり前ですけど、資格を持っているだけで決算書も作れないし何もできない。
勤務時代の最初の頃は、記帳代行と言って、
お客様の帳簿入力を代行する作業ばかりやっていました。
三谷
その作業は楽しかったですか?
それとも、これは思っていたのと違うなと思いましたか?
北條
理想というのが僕にはなかったし、
税理士としてこういう仕事をしたいとか、
そういう崇高なものが全くなかったので。
逆に言えば、だからできたのかもしれません。
まあこんなものか、という感じでしたね。
領収書を見て、これは交際費と決めて入力するとか、
そんな作業で、何か良く分からないなと思いながらも、
とりあえず最初は仕事をこなすことや、人より多く仕事をすること、
売上げをたくさん上げることに注力していました。
次回は北條さんが税理士としての第一歩を踏み出した20代後半から、とある事件から『独立』という新しいスタートを切ったお話しをご紹介します。
取材・文:藤井まどか|株式会社プラザセレクト

GUEST PROFILE

北條伊織|税理士|税理士法人徳島

税理士法人 徳島 社員税理士/北條伊織行政書士事務所 所長/徳島相続相談プラザ 運営責任者。 各種法人・個人事業者の財務・税務に関する顧問を務め、主に創業・経営改善・資金調達・事業承継・相続対策などの支援業務を行う。中小企業の黒字化支援に力を入れており、特に管理会計・業績管理体制の構築支援を得意とし、関与先企業の100%黒字化を目指している。

SHIGOTOにある

「SHIGOTOにある」とは、様々な業種の第一線で活躍するプロフェッショナルの人たちとの対談を通じ、その仕事にある新しい世界を知るコンテンツです。

Interviewer

株式会社プラザセレクト<br>株式会社プラザセレクトワークス 代表取締役 三谷 浩之
株式会社プラザセレクト
株式会社プラザセレクトワークス
代表取締役

三谷 浩之

1979年香川県高松市生まれ。日本大学理工学部卒業。大学卒業後に入社した総合建築業で建築不動産ノウハウを学ぶ。 その後、四国の地場有力建築会社を経て2015年に独立。地域を豊かにする「生活総合支援企業」を創ることを目的に株式会社プラザセレクトを創業。 現在は徳島・香川という地方エリアでシンプルなデザイン住宅の販売、投資用住宅の提案販売の事業を展開。 「Be Smile にこっを集めよう!」をスローガンに理念を重視した経営を行っている。代表著書に自身の新人時代からの仕事観を綴った「楽しく生きよう!よく遊びよく働け 想いを形にする仕事術」がある。

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